

太陽エネルギーだけで
江戸時代は豊かだった。

太陽エネルギーだけで
江戸時代は豊かだった。
江戸時代は鎖国政策で資源の出入りが少なかったため、生活の物資やエネルギーの多くを太陽エネルギーによって生育する植物をはじめとする国内資源に依存していました。だからこそ江戸時代は、再生可能な植物資源を最大限に活かした、世界でも独自の循環型社会を築くことができたのです。今日、化石燃料の輸入に多くのエネルギーを頼っている日本ですが、世界的に化石燃料の枯渇が心配されるなかで、今こそ、江戸時代に発展した循環型社会に学ぶ時が来ています。
江戸時代はあらゆるものが大切に活用されました。例えば米の収穫後に残る藁は、草履や編み笹と呼ばれる帽子、米俵や鍋敷きなど、さまざまな日用品を作るための材料として活用され、里山の竹は物干し竿や桶といった日用品、さらには建築資材にまで活かされています。植物製品は使用ができなくなってからも、かまどや煮炊きの燃料などに用いることができ、燃やしたあとに残った灰は、次なる植物を育てるための肥料として使用されました。
太陽エネルギーを受けCO2と水によって成長する植物は、化石燃料に頼らない貴重なエネルギー資源として循環型社会を支えていました。もしも江戸時代の人々が安価な石油を入手していたら、生活は便利になり循環型社会も築かれなかったかもしれません。限られたエネルギーしかないという制約が智恵を生み、技が磨かれ、循環型社会を導いたのだと思います。
地球温暖化がどれだけ叫ばれても大量消費社会から抜け出せない理由は、「まだ化石燃料はなくならないから大丈夫」という気持ちがあるからかもしれません。江戸時代、太陽エネルギーのみを元に豊かな循環型社会を築いた工夫は、今の時代の私たちにもつながる大切なヒントです。未来の世界を想像しながら、「もし1年後に化石燃料が枯渇するとしたら?」と、仮説を立てることで限られたエネルギーから生まれる可能性を考えること。それが、新しい循環型社会を導く智恵となるのではないかと思います。



徹底的に使い抜く物を
大切にするこころ。

現代からみれば、江戸時代の人々は決して裕福な暮らしとはいえません。しかし、少ない物資の中だからこそ賢く生きる智恵を働かせ、たくさんのアイデアを生み出しながら生活をしていました。ありとあらゆるものがリサイクル・リペアされ、高い技術力でずっと使える工夫が施されました。そんな中から生まれる物への愛着、物を大切にするこころは、「あたたかなニッポンのこころ」そのものかもしれません。
貴重で高価な着物を活かすために江戸時代にはたくさんの古着屋が点在していました。何度も着用するだけでなく、着古した着物はおむつや雑巾など次々に形を変えて再利用され、ぼろぼろの布になった後は、かまどや風呂釜の燃料へ。さらに燃え尽くした後の灰さえも、農業では肥料、酒造では麹菌の増殖、陶器の上薬として利用されるなど、生地から一切余りが出ないように徹底的に使い尽くされました。
物は繰り返し大切に使うことが当たり前の世の中だったからこそ、江戸時代は修理を生業としている職人も多数いました。例えば鋳鉄師(鋳掛屋)と呼ばれる、ひび割れや穴の開いた鍋や釜、陶磁器などを焼き継ぎで修理する職人。提灯、障子の張り替え職人。下駄の修理職人など、さまざまな物の修理職人が営み、新しいものに買い換えるのではなく今あるものを大切にする社会を支えていました。
あらゆるものを資源に変え無駄なく活用していた江戸時代は、現在では考えられないような買取業者も多く存在していました。例えば、下肥(しもごえ)という人間の排泄物を買い取る下肥問屋。人糞尿も農村では貴重な肥料として使われました。同じく農業の肥料として活用できる灰を買い集めて販売する灰買い。古紙を集めて再生紙へと生まれ変わらせる紙屑買いなど、どんなものも活かす社会の循環を買取業者が担っていました。


監修:
北林 功氏(COS KYOTO株式会社 代表取締役/コーディネーター、
エドノミー®研究家)- 参考記事:
IDEA FOR GOOD/サーキュラーエドノミー®とは・意味「日本文化に学ぶサステナビリティ」江戸時代の
循環型社会から学ぶサーキュラーエドノミー<イベントレポート>

