





日本酒は神々と暮らすための
大切な存在として造られ始めた。


日本酒は神々と暮らすための
大切な存在として造られ始めた。
日本酒の歴史はおよそ2,000年ほど前、稲作が日本に伝わった弥生時代ではないかと推測されています。米を原料とした酒の最古として記述が残されているのが「大隅国風土記」の一説で、「口噛みノ酒」です。加熱した米を口の中でよく噛み、唾液に含まれる酵素で糖化させ、野生酵母によって発酵させるもので、神社の巫女のみにこの口噛みの作業が限られていたことから、日本酒は神のために造られ始めたと考えられています。
古来より米は命の源、神聖なものと考えられていたため、米からつくられるお酒も人々にとって大変貴重なものでした。神社で行われるお祭りではお供え物として日本酒が捧げられ、お正月には「お神酒」をいただくように、日本酒は酔うためや、楽しむためだけのお酒ではなく、「日本の神々と暮らす」ために必要なものです。神話の中にお酒の話がよく出てくることからも分かるように、日本酒は私たちと日本の神々をつなぐ大切な存在なのです。




世界から注目を集める日本酒は、
世界に類を見ない
高度な技術の結晶。

日本酒づくりは一つのタンクで「糖化」と「発酵」の作業を同時にバランスよく進め、高いアルコール分を生みだす世界で唯一の醸造方法です。「酒母」「麹」「仕込水」「蒸米」 を発酵タンクに仕込んだ日本酒になる前の状態「モロミ」を、およそ20日から30日間かけて発酵。この発酵タンクの中で、米のデンプンが麹の酵素により糖へと分解され(糖化)、糖は酵母によりアルコールに変えられていきます(発酵)。この並行複発酵と呼ぶ、糖化と発酵の2つの働きが同時に進行する方式をとることが日本酒醸造の特徴であり、工程を分解すれば全12もの工程が必要となる極めて高度な技術が必要な作業です。お米の土づくりから考えると日本酒になるまでは早くても1年。熟成させれば2年ほど。日本人は美味しいお酒を飲むために、労力と技術を磨いてきた歴史があり、だからこそ類を見ないお酒として世界からも注目を集めているのです。


江戸時代、一気に開花した
日本酒造り。
それを支えたのが、
各地の農村から生まれた
酒造りの職人である杜氏でした。

江戸時代、一気に開花した日本酒造り。
それを支えたのが、各地の農村から生まれた
酒造りの職人である杜氏でした。
杜氏とは、「酒蔵で働く酒づくりの職人(=蔵人)の監督・統率を行う製造責任者」のことを言います。この杜氏は本来、日本酒づくりが行われる冬から春にかけて酒蔵に住み込み、酒づくりが終わると蔵を去る、いわゆる“季節労働者”。そうした雇用形態が生まれたのは、約300年前の江戸時代に遡ります。もともと日本酒づくりは年間を通して行われていましたが、江戸期になって、冬場にのみ行われる「寒造り」が定着します。飢饉に備えて米を備蓄するために、冬場にのみ、余った米を使用しての酒づくりが認められたためです。冬の間だけ必要になる人手を供給したのが、農閑期を迎えた農村の働き手たちでした。こうして、各地の農村に「杜氏」を中心とした酒づくりの技術者集団が江戸時代に誕生したのです。



時代と共に進化する酒造り。
さらなるサステナブルの可能性が
新しい未来を広げてゆく。

日本の歴史と共にその時代を映し、進化を続けてきた酒づくりは、今新たなテクノロジーを駆使した産業へと変わり始めています。例えば、最新のスマート農業の技術を活用し、データを収集・活用するクラウド型の水田管理。酒づくりの基礎となる水田を常に適正に保全することで、地元の農業を守るだけでなく、環境保護や景観の維持、子どもたちへの食育や体験学習の場づくりなど持続可能な環境整備にも貢献しています。また、新しい発想で、資源の循環に貢献する酒づくりに挑戦する動きも。規格外で商品にならない農産物や家畜のふん尿などから熱や電気となるバイオガスをつくり、副産物の「消化液」で酒米を育てるなど、ゴミ問題も同時に解決する道筋を示す日本酒づくりも始まっています。日本の古来から地域に深く根付いた産業だからこそ、日本酒は持続可能な地域の「環」をデザインし、新しい未来を広げる可能性に満ちた存在だと思います。








