わたしたちの
暮らしのそばにある「季語」
俳句の大切な要素のひとつに「季語」があります。
季語とは、季節の言葉のこと。「桜」や「ひまわり」、「雪」など、
すぐに季節をイメージできる季語もあれば、「ぶらんこ」「香水」「冷蔵庫」といった
一見季語に思えないものまで、さまざまです。
俳句のいろはを知る前に、まずは季語の世界を覗いてみましょう。
季語の存在を意識することは、日本の美しい四季をもっと深く、
さらに鮮やかに感じながら、日々を豊かに暮らすことにつながります。
雨が降り出したら
思い出したい季語
「新しい季語を知る」ことは、いつも見ているあたりまえの景色の“名前”を知ること。
たとえばふと、雨がパラパラと降り出したときに、何を思うでしょうか。
春のはじまり、芽吹きのころの雨なら「木の芽雨」。
日照りが長く続いた真夏に、ようやく降り出した恵みの雨は「喜雨」。
月が出ている冬の夜に、さえざえとした月明かりの中を細く通りすぎていく時雨は「月時雨」。
「雨かあ、嫌だな」と思う前に、こうした季語がふと思い浮かぶと、その雨も途端に愛おしく感じます。
四季の移ろいを感じ取るアンテナの精度をぐんと上げてくれる、季語という存在。
季語は、日本人だからこそ感じ取れる季節の美しさや奥深さを、優美に言い表してくれている言葉なのです。
- 木の芽雨・・・このめあめ
- 喜雨・・・・・きう
- 月時雨・・・・つきしぐれ
「ぶらんこ」「冷蔵庫」
それ、季語って本当?
俳句の季語を多数収録している「俳句歳時記」には、一見季節感がなさそうなのに、実は季語だったという面白い言葉がたくさん収録されています。
「子猫」は春の季語。春は猫の繁殖期にあたるため、「猫の恋」「孕み猫」も季語です。
子どもたちの外遊び、「ぶらんこ」「風車」「風船」「しゃぼん玉」も、春の季語。
季節を問わず一年中使う「冷蔵庫」や「ハンカチ」、「ベランダ」は、実は夏の季語です。
「七夕」や「お盆」、「西瓜」「朝顔」は、夏のイメージが強いですが、すべて秋の季語。8月上旬に立秋を迎えるため、これらはもう秋のはじまりを感じる言葉なのです。
- 孕み猫・・・・はらみねこ
- 西瓜・・・・・すいか
数えきれないほどある
風の名前を覚えてみよう
季語をひとつ知ると、季節の移り変わりをより鮮明に捉えることができます。そしてそれが、心穏やかに豊かに暮らす、きっかけにもなります。
たとえば、春一番や北風などの「風」を意味する言葉。四季それぞれに美しい季語があふれています。
「風薫る」は、夏に吹きわたる爽やかな風を褒め称えた夏の季語。生い茂る青葉が風でこすれあってサワサワと心地良い音を立てている様子、若葉のフレッシュな香りを風が運んでくれる、そんな夏の風です。風に光を感じるという意味では、春には「風光る」という季語があります。
秋の「金風」「色なき風」には、もの寂しさが滲みます。冬には、風がヒューヒューと音を立てる様子をあらわす「虎落笛」という季語があります。
季節ごとに、捉え方も感じ方も異なるさまざまな季語があり、言葉を知っている人だけが感じられる世界観が存在します。
季語は、ずっと昔から日本人の認識のなかで共通化された合言葉のようなもの。感覚や情景をこうして言語化すると、いろいろな表情の風を感じ取れるようになるのです。
- 風薫る・・・・かぜかおる
- 金風・・・・・きんぷう
- 虎落笛・・・・もがりぶえ
蝶も季節によって
呼び名が変わる?
たとえば、公園や野原で見かける「蝶」。蝶は、春の季語です。
その春はじめて見た蝶は「初蝶」。春の訪れを心から喜ぶ気持ちが託されている言葉です。
モンシロチョウは春の季語ですが、アゲハチョウは「夏蝶」として夏の季語に分類されています。梅雨のころ、雨のさなかを弱々しく飛ぶ蝶は「梅雨の蝶」。見る季節やシーンによって、名前が変わります。
立秋を過ぎてもふわふわと頼りなく飛んでいる「秋蝶」「老蝶」、そして寒さに耐えながらじっと止まっているような冬の蝶を「凍蝶」と呼びます。
同じ蝶でも、四季それぞれに美しい季語があります。季語をひとつ知るたびに、自然を愛でる解像度がぐんと上がっていく、そんな体験ができるかもしれません。
- 老蝶・・・・・おいちょう
- 凍蝶・・・・・いてちょう
春夏秋冬だけじゃない
“新年の季語”がある
俳句の世界には、四季だけでなく「新年」という区分の季語や俳句が多数存在します。
俳句の季語を収録している「俳句歳時記」は、春・夏・秋・冬に「新年」を加えた5つの季節に分類されていて、初詣や注連縄、お年玉など、お正月の行事や風習の季語がたくさんあります。
「書初」や「仕事始」などは馴染みがあると思いますが、新年初めて本を読む「読初」、初めて泣く「初泣」、初めて料理をする「包丁始」など、「初」や「始」がつく、おめでたい言葉にあふれています。
- 注連縄・・・・しめなわ
- 読初・・・・・よみぞめ
- 初泣・・・・・はつなき
- 包丁始・・・・ほうちょうはじめ
年中行事や風習の
由来や意味を知る
日本には、昔から正月や節分、雛祭、お盆、月見など、多くの年中行事が伝わってきました。もちろん、それらすべてが季語で、それぞれの行事に大切な由来があり、込められた想いがあります。
三月三日の桃の節句、五月五日の端午の節句はよく知られていますが、九月九日の「重陽の節句(菊の節句)」も、同じように大切な節句のひとつ。菊酒や栗ごはんで無病息災を願います。
季語を深く知っていくと、春祭、夏祭、秋祭にはそれぞれに異なる祈りが込められていることにも気づきます。
今まで知らなかった行事の背景や風習を知り、暮らしに取り入れてみると、一年のなかに、大切な日、特別な日がどんどん増えていくでしょう。
- 重陽・・・・・ちょうよう
風景を擬人化した
趣ある「山の季語」
草木が芽吹きはじめた春らしい山のことを「山笑う」と言います。
やさしい鳥のさえずりが聞こえてくる、朗らかさに溢れた春の山を擬人化して「まるで笑っているようだ」と言ったのが、この「山笑う」という季語です。
春だけではなく、四季それぞれに同じように山を擬人化した季語があります。
緑が深まり、生命力にあふれた鮮やかな夏の山は「山滴る」。
秋の「山粧う」は、紅葉で色づいた山を、そして静かで落ち着いた冬の山は「山眠る」といいます。
それぞれの山の姿を見事に表現している、表情豊かな言葉たち。
知っておくだけで、毎日見ている山の見えかたが、変わってくるかもしれません。
- 山滴る・・・・やましたたる
- 山粧う・・・・やまよそおう
心地に触れる「夜長」
ほかの季節は?
「秋の夜長」は、よく耳にする言葉ですね。
夜長とは秋が深まり、夜が長くなった感慨をあらわす季語。でも厳密には、一年の中でもっとも夜が長いのは冬です。
夜長という季語は、「夜が最も長い」という“事実”ではなく、暑い夏から少しずつ涼しく、少しずつ夜が長くなっていく、四季のあわいの“変化”を嬉しく感じ取っている、いわば人の気持ちに寄り添う季語です。
同じような季語がもうひとつ、春の「日永」です。冬を越えて、日が長くなってきた実感を喜んでいる言葉です。
夏は、春のように昼が長いことに言及する季語ではなく、夜の短さを感じ取る「短夜」、そして朝方に「もう夜が明けてしまう…」と惜しむ気持ちを込めた「明易し」という季語があります。冬には、日の短さを感じる「日短」や「暮易し」という言葉もあります。
事実に基づく事象だけでなく、前の季節からの移り変わりや、小さな変化を喜び惜しむ、その気分を掬い取ったような、美しい言葉たち。
季語や俳句に触れることは、そうした心地に触れることでもあるのです。
- 日永・・・・・ひなが
- 短夜・・・・・みじかよ
- 明易し・・・・あけやすし
- 日短・・・・・ひみじか
- 暮易し・・・・くれやすし
空想の季語「雪女」
新しい季節の感じかた
珍しい季語のひとつに、冬の季語「雪女」があります。
雪女は氷のようなからだで、息を呑むほどに美しいと伝えられる、妖怪の一種。俳句歳時記には、こうした妖怪や、伝説や空想の季語も掲載されています。
火が点々と見えたり消えたりする現象「狐火」や、寒い日に突然皮膚が裂けて切り傷ができる言い伝え「鎌鼬」も冬の季語です。
春をつかさどる女神「佐保姫」と、秋の「竜田姫」。実は、女神も季語です。
秋には「猿酒」という面白い季語もあります。猿が木の実を洞に隠し、そこに雨が降って発酵して酒になった、という言い伝えから季語に発展しました。
春には「亀鳴く」という季語も。亀に声帯はないため鳴けませんが、のどかな春になんとも言えない声がしたところを「亀鳴く」と表現したことから、季語として定着しました。
こうした遊び心と想像力の季語で物語を作りながら、昔から多くの俳人が名句を残してきました。空想の季語があるからこそ、写真や動画では撮れない、俳句だからこそ描ける世界ができるのです。
- 狐火・・・・・きつねび
- 鎌鼬・・・・・かまいたち
- 佐保姫・・・・さおひめ
- 竜田姫・・・・たつたひめ
- 猿酒・・・・・さるざけ
消えゆく日本の
風習や文化を覗く
かつて日本にあった風習や文化、暮らしの知恵を、季語から覗くこともできます。
たとえば、「竹婦人」。竹で作られた筒状の抱き枕のことで、夏の季語です。暑い日に抱き抱えたりして涼をとっていました。
「竈猫」は、火の始末をしたあとの竈に潜り込んで、灰だらけになってしまった冬の猫のこと。今はもう、見かけなくなりました。
「虫売」「風船売」「水売」「毒消売」など、時期がくると街中を売り歩くこれらの行商人も、すべて季語です。
時代の流れとともに消えゆく文化、古き良き日本の風習。
かつての暮らしの記憶が季語として残ることで、風習が消えた今でも、現代の俳人によって詠まれ継がれているのです。
- 竹婦人・・・・ちくふじん
- 竈猫・・・・・かまどねこ
- 虫売・・・・・むしうり
- 風船売・・・・ふうせんうり
- 水売・・・・・みずうり
- 毒消売・・・・どくけしうり
- 参考:『新版 角川俳句大歳時記 春』『新版 角川俳句大歳時記 夏』『新版 角川俳句大歳時記 秋』『新版 角川俳句大歳時記 冬』
- 『新版 角川俳句大歳時記 新年』(KADOKAWA)
- 参考:『新版 角川俳句大歳時記 春』『新版 角川俳句大歳時記 夏』
- 『新版 角川俳句大歳時記 秋』『新版 角川俳句大歳時記 冬』
- 『新版 角川俳句大歳時記 新年』(KADOKAWA)