カテエネ・ライブラリー
"本が好き!"と公言する方たちによるブックレビューです。
毎回テーマを決めて、思い浮かんだ小説や漫画、絵本、地図のほか
新刊・既刊を問わずオススメの本を紹介し、本を通じて"より楽しくなる日常"をお届けします。
読書でタイムトラベル!

村尾啓子さん(MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店 人文書担当)
本を開いてページをめくれば、現実から遠く離れたところまでひとっ飛び! 読書の大きな楽しみのひとつは、そんな時空を超えた体験をさせてくれること。今回は、遠い過去から未来まで"タイムトラベル"をテーマにした3冊を紹介します。
選書をお願いしたのは、東京都渋谷にあるMARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店の村尾啓子さんです。
MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店は、丸善書店とジュンク堂書店がダブルネームで出店した第1号店。渋谷の東急百貨店本店のワンフロア、約1000坪の店舗には、約60万冊の書籍、雑誌の品揃えとバラエティ豊かな文具が並びます。
「専門書に特に力を入れていて、とても充実した蔵書になっています。渋谷という立地から制服姿の若い学生から、近隣にお住まいのご年配の方、そのお孫さんまで幅広いお客様が来店されます」と村尾さん。
書店員として雑誌、文芸、人文とさまざまな分野を担当してきた村尾さんは、自身も本を読むことが大好きだそうです。
「やっぱり自分が読んで良かったものは人に勧めたくなります。たまたまお客様が私の好きな本をレジに持ってきたときは、『その本、いいよ!』と心の中で思わずガッツポーズですね(笑)」
そんな村尾さんが選んだ3冊がこちらです。
1冊目は北村薫さんの小説「時と人シリーズ」の第1作『スキップ』です。このシリーズは特異な"時間の流れ"に巻き込まれた人の葛藤や成長のドラマを描く三部作で、第2作『ターン』、第3作『リセット』と続きますが、ストーリーはそれぞれ独立したものになっています。
『スキップ』は、うたた寝をしていた17歳の女子高校生が目を覚ますと25年もの歳月を"スキップ"して、42歳になっていたという未来の物語。大切な時間を奪われてしまった彼女が人生に向き合う姿勢、その強さにきっと心を打たれることでしょう。
「タイムトラベルやタイムスリップを題材にした作品は数多くありますが、"時空を超えて感動できる作品"って何かあったかとを考えたとき、真っ先に浮かんだのがこの『スキップ』でした。17歳の女子高校生がいきなり大人になってしまう状況は、ある意味でとても残酷です。でも、彼女はその状況に翻弄されるだけでなく、自分なりにスキップ後の世界を生きる道を見出そうとしていきます。その前向きな姿が本当に素晴らしいんですね。ラストはいま思い返しても思わず泣けるくらい感動的です」
性別を明らかにせず仮面作家と言われていた著者の北村薫さん。デビュー前は国語教師だったという。著者が使う"美しい日本語"も読みどころだと村尾さんは言います。
「とても読みやすくて、読んでいるうちになんだかいい気持ちになってくる文章なんです。42歳になった主人公が使う言葉や、女性心理を巧みに描いた会話文、モノローグも素晴らしくて"日本語ってきれいだな"とつくづく感じさせられます。そんなところも含めて、老若男女を問わず楽しめる作品ですよ」
2冊目は、過去を旅する『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語』です。太古の昔から私たち人類がたどってきた歴史が動いた意外なポイントを教えてくれる一冊です。
「歴史を語るときは、政治や宗教、戦争といった大きな出来事が中心になることが多いですが、本書は"気晴らし"をテーマにした人類進化史です。着心地のいい木綿の下着、美しい音を鳴らす楽器、料理に複雑な味わいをプラスするコショウ……。一見、"生きていくために必需品ではないもの"が、人類の発展に与えていた大きな影響が明かされ、その意外なつながりに驚かされます」
歴史が苦手な人でも興味深く読めますよ、と村尾さんが太鼓判を押す一冊です。
「実は歴史モノが苦手で、長い間、小説やマンガなどのフィクションしか読んでいませんでした。この作品では、ノンフィクションながら、視点のおもしろさに思わず引き込まれます。しかも、読んでいくとそれが最終的につながっていくんですね。読後にこの本のスケールの大きさを実感します。文章も読みやすいですし、絵や図もいっぱい入っているところもいいですね」
人類の歩んできた長い歳月の歩みを、教科書一辺倒な時系列ではなく、ちょっと変わった視点から見直すことで、私たちの世界の見方が変わるかもしれませんね。
最後の一冊は、イギリスの新進作家デボラ・インストールのデビュー小説『ロボット・イン・ザ・ガーデン』です。人間の生活にロボットやアンドロイドがいることが当たり前になったら!? そんな世界を見せてくれる近未来小説です。2016年ベルリン国際映画祭で「映画化したい一冊」に選ばれた、イギリス版「ドラえもん」小説です。
「この作品は"ほんのちょっとだけ未来"を舞台にしたロードノベル。物語はイギリス人のベンとエイミー夫妻が住む家の庭に、古めかしいロボットが迷い込んできたところから始まります。"タング"と名乗るロボットに特別なものを感じたベンは、修理のために開発者を探す旅に出ます。その旅を通じてベンとタングは関係を深め、成長していきます」
本書の一番の魅力は、「なんといってもタングのかわいらしさ!」と村尾さんの声が弾みます。
「ベンの言うことを全然聞かないワガママなロボットなのですが、その言動が子どものようで本当にかわいいんです。描写の一つひとつがすごく魅力的で、ずっと読んでいたくなる一冊です。ちなみに、ベンとタングは旅の途中で東京にもやってくるんですよ。酒井駒子さんのかわいい装画に惹かれて"表紙買い"した一冊ですが、大当たりでした。」
ロボットが身近にいる未来の生活がリアルに感じられるかもしれませんね。ベンの成長物語としても、とても感動的なストーリーです。続編『ロボット・イン・ザ・ハウス』も刊行されて、こちらも話題になっています。

選者:村尾啓子(むらお・けいこ)さん
MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店
学生時代から書店員のアルバイトをしていた村尾さん。「大学卒業後は別の仕事をしていた時期もあったのですが、また書店員に戻ってしまいました。やっぱり本に囲まれているのが一番落ち着くんです。お客様がうろおぼえで探している本を売り場から見つけるのは"宝探し"感覚。うまく発見できたときはうれしいですね」と笑う。