カテエネ・ライブラリー
"本が好き!"と公言する方たちによるブックレビューです。
毎回テーマを決めて、思い浮かんだ小説や漫画、絵本、地図のほか
新刊・既刊を問わずオススメの本を紹介し、本を通じて"より楽しくなる日常"をお届けします。
トキメキたい!

前田隆紀さん(かもめブックス)
日々の生活で"トキメキ"を感じる瞬間は、どのくらいありますか? 素敵な人との出会い、優しい一言、未知の世界へ飛び込むときの不安と期待が入り交じった興奮……。さまざまな喜びに思わず心が躍る"トキメキ"は、人生を豊かに彩ってくれます。今回は「トキメキたい!」という気持ちに応えてくれる3冊をご紹介!
選書をお願いしたのは東京・神楽坂にある「かもめブックス」の前田隆紀さんです。
かもめブックスは、カフェとギャラリーが併設された複合型ブックストア。
「おいしいコーヒーが飲める日用的なカフェとギャラリーで展示するアートを"本"がつなぐような店をイメージしています。多くのお客様が気軽に立ち寄れて、良質なコーヒー、アート、そして本との幸せな出合いを演出できるような場にしたいですね」と前田さん。
「なるべく長く読み継がれる本を選んでお店に並べたい」とこだわりを持ちながらも、「敷居が高くならないよう本の魅力の伝え方に力を入れています」という前田さんが選んだ3冊はこちらです。
(c)安藤ゆき/集英社マーガレットコミックス
1冊目は、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門「新人賞」や手塚治虫賞文化賞「新生賞」を受賞した話題作。男子高校生が主人公の異色の少女マンガ『町田くんの世界』です。主人公・町田くんのあまりに素敵な言動のひとつひとつにトキメキが止まりません。女性だけでなく男性が読んでもトキメキを感じること間違いなしの一冊です。
「町田くんは物静かでメガネをかけた地味な男子高校生です。勉強も運動も苦手で、いいところがないようにも見えますが、周りの人たちはみんな町田くんのことが大好きなんです。それは町田くんがどんな人に対しても優しく、親切に接するから。それをなんの嫌味もなく自然にできるから、周りの人たちは町田くんからの温かな言葉や心遣いに感激し、ときめいてしまうんです」
町田くんにトキメキを覚えると同時に、"トキメキ"と"恋愛感情"の違いについても考えさせられますと前田さんは話します。
「最新刊では町田くんが同級生の少女に対する自分の恋心に気付きそうになっているのですが、誰か一人を好きになることで町田くんにどんな変化が訪れるのか、すごく続きが気になります。町田くんの"人を大切に思う気持ち"が恋した相手だけに向けられるようになると、周りのトキメキはなくなってしまいますから。そう考えると、トキメキというのはもっと感覚的で刹那的なものなのかなとも思います。ほのぼのとしたコメディタッチの作品ですが、深いテーマを描いていると思います」
ラブストーリーではないひと味違った少女マンガでトキメキを感じてみませんか。
2冊目は、ちょっと奇妙なタイトルの『五月三十五日』。『飛ぶ教室』や『エーミールの探偵たち』といった作品で知られるケストナーの児童文学です。子ども時代のトキメキを思い出すのにぴったりな、ハチャメチャで愉快な冒険が描かれています。
「年末に帰郷した際に幼いめいっ子と久しぶりに会ったのですが、やっぱり子どもの存在は胸をときめかせるものがありますよね。それでその時ふと自分が子どもの頃に読んだ、この一冊を思い出しました。主人公の少年が"おじさん"と一緒にローラースケートをはいた馬に乗り、タンスの奥に隠されていた入り口から南の海を目指して旅をするというお話です。途中、"なまけものの国"や"さかさの国"など、いろんな国を通っていくのですが、読んでいてとてもワクワクさせられるんです。子どもにとっては、空想の世界も現実の世界も大差なくて、目に映るものすべてにときめいているんだなと改めて思い出しました」
大人になって読み返してみると、"おじさん"の存在もとても魅力的だったと前田さんはいいます。
「大人なのに子どもと一緒に冒険をして、良き理解者でもある"おじさん"がすごくいいんですよね。子どもがトキメキを感じるようなことでも、このおじさんは同じようにドキドキときめいていて、子どもの心を持っているのかなと。"自分もこういうおじさんになりたい"と思わせてくれます(笑)。トキメキを感じるためには自分の心のあり方が大切なんだなと感じさせてくれる一冊です」
ときめく気持ちは大人になっても、いくつになっても、どんなときにも持ち続けたいものですね。
最後は言わずと知れた日本の文豪・夏目漱石の小説『三四郎』です。明治時代の古典ながら、そこに描かれている青春時代の心情、感性は今も読者に鮮烈な印象を与えます。
「あまり恋愛小説は読まないのですが、個人的に印象に残っているのが夏目漱石の『三四郎』です。ちょうど進学をして実家を出た頃に手に取ったので、熊本から上京してきた三四郎に自分を重ねながら読みました。三四郎が美禰子(みねこ)という年上の女性に惹かれていくところは、恋のトキメキだなと感じます。自分よりも一歩進んだところにいるようなミステリアスな女性に対し、男性はどうしようもなく憧れの念を抱いてしまうところがありますよね。そういう普遍的な気持ちがとてもよく描かれている小説だと思います」
"昔の小説だから……"と敬遠してしまう人もいるかもしれませんが、時代は違っても人を想う際のトキメキは共通するものがたくさんあります。
「古典文学ということで難しくて高尚なことが書かれているようなイメージで敬遠される方もいるかもしれませんが、骨組みだけを見ればエンターテインメント性の高い恋愛小説なんですよね。構造としては、日露戦争直後の日本の社会が成長していく変化、登場人物たちが子どもから大人へと成長していく過程を重ねたメタ構造になっています。三四郎もそういうことを考えているのですが、頭の中は女の子のことでいっぱいで(笑)。そういう俗っぽいところもいいんですよね。青春ならではのトキメキがある小説だと思います」
いつの時代も男女間のトキメキは不変のもの。時を超え、人の気持ちの機微を味わうことができるのも古典小説を読む醍醐味ですね。

選者:前田隆紀(まえだ・たかき)さん
かもめブックス
2014年末のかもめブックス開店当初よりスタッフとして働く。朝日新聞土曜夕刊の文化芸能欄「ポップUP!」に月1回、「本」「書店」「出版」に関するコラムを連載中。「一人の本好きとして、毎日新しい本と出合える書店員の仕事に今も喜びを感じています。お客さまとの距離が近い店ですので、声をかけてもらうことで、新しいアイディアが浮かんだり、特集コーナーづくりに生かしたりすることも多くありますよ」とほほえむ。