カテエネ・ライブラリー
"本が好き!"と公言する方たちによるブックレビューです。
毎回テーマを決めて、思い浮かんだ小説や漫画、絵本、地図のほか
新刊・既刊を問わずオススメの本を紹介し、本を通じて"より楽しくなる日常"をお届けします。
「旅立ち」はチャレンジ。旅のゴールには新しい自分がいる。

間室道子(蔦屋書店 文学コンシェルジュ)
春は異動と移動の季節。入学、入社、引っ越しなど、たくさんの旅立ちがある。「出たっきり」ということはなく、そこには必ず新しい受け入れ先と人間関係が存在する。ところが、手腕を買われた先で苦労の連続だったり、やけっぱちで飛び出した後にやりがいを見つけたり、人生はよくも悪くもままならぬもの。
今回紹介するのは女性作家の移住エッセイ、主婦の家出小説、新卒の若者たちを採用する側から描いた異色作の3冊で、共通するのは主人公たちが自分とトコトン向き合うシーンが登場する。「環境だけ変えて私は変化なし」なら旅立ちの意味はない。新しい世界には今まで知らなかった自分がいる……。
この春とくに変化はないよ、という方も、視線を外に置いて周囲を見直してみては?親しい人、見知った町のフレッシュな一面を発見できるかもしれません。そして、1ミリも動かずにいろんな場所に自分を飛ばせるのが本の世界。春の読書で豊かな旅立ちを。

選者:間室道子(まむろ・みちこ)さん
代官山 蔦屋書店 文学コンシェルジュ。
TVや雑誌でおススメ本を紹介する「元祖カリスマ書店員」。書評連載多数。文庫解説に、『タイニーストーリーズ』(山田詠美著・文春文庫)、『母性』(湊かなえ著・新潮文庫)などがある。
新しい場所でスタートを切る人にオススメ!

『神さまたちの遊ぶ庭』
2016年『羊と鋼の森』で本屋大賞を受賞した著者が、2013年に一家で北海道に移住した際の出来事を綴ったエッセイ。コミカルに進む生活の中「体調を崩し、原因はストレスと言われた」というエピソードにハッとさせられます。人と場所の関係って、楽しい変化ならいくら起きても大丈夫、という単純なものではない。移住でなくてもこの春、環境を変えて心身の変化に戸惑っている方におススメの1冊。発見や共感とともに心も温まる。
書籍情報
宮下奈都著『神さまたちの遊ぶ庭』光文社(1620円/税込)
新たな一歩を踏み出した人にオススメ!

『だから荒野』
身勝手な夫と息子2人にプッツンきたお母さんが家を捨て、車で長崎を目指すという物語。「どうせすぐに帰ってくるだろう」とタカをくくっていた男たちだったが、家の中、会社、世間様とのお付き合いでも「こんなはずでは!?」が続出。一方、旅を続けるお母さんにもトラブルが……。我が家のあり方を考えさせられると同時に、今いる場所を見直し、荒野を沃野にしていくのは自分なのだ、というメッセージに多くの読者が励まされる傑作。
書籍情報
桐野夏生著『だから荒野』文春文庫(842円/税込)
大きなチャレンジをする人にオススメ!

『あの子が欲しい』
主人公はIT企業の採用プロジェクトでリーダーになった女性で、抜擢された誇りを胸にあの手この手を考える。一番私の望む子が私の元に来てくれればいいのに。でも「相手を強く思う」だけでは解決しないもの。それはハマってしまった猫カフェで猫を呼ぶ時も、恋でも同じだ……。時に相手を崇め、駆け引きし、自分の望みを通す。現代の就活のリアルが描かれており、朝井リョウさんの『何者』と合わせて読めば、一層胸に刺さる。
書籍情報
朝比奈あすか著『あの子が欲しい』講談社(594円/税込)